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第1節―かの―



 宵の刻を過ぎ、月はりんっと輝きを増し、一層光り煌めき、散り散りの星々は涼しげに輝いていた。そこには一片の雲も無い、そして深遠の闇には不似合いな少女が居た。少女は一糸もまとわずに、ただ静寂の彼方の、途方も無い世界を見詰めていた。その裸体は月の光に満ち、僅かに紅く、そして何よりも美しく光り輝いて見え、その美しさの前に一切の力も及ばないかのように思えた。しかし、私は(あえて言うならば)彼女を壊したい、とさえも思った。

 少女は何をするでもなくそうしている。影に照らされた体のラインはきめを細かくし、僅かなふくらみに柔らかな線が一層際立ち、私に波状的な感さえ抱かせる。そして、暫く私がそうしていると彼女はこちらを向き微笑むのだ。

 それを私は知っている。

 だからこそ、こうして少女の姿を目に焼き付け、暫し虚ろな時を漂っているのだ。

 そして、少女の止まっていた時計は動き出し、私に向かって、まるで一時のストイックな時間を楽しんだかのように、微笑んだ。実に満足げに。

 少女のかすれた、蚊の鳴くような声につられ、空を見上げた。雪だった。

 私が少女の方に向き直ると、もう一度彼女は微笑み帰って行った。それが合図かのように、世界中に時間が取り戻され、私は水平になった短針を見ると、全身の力を払い捨てて深い眠りに付いた。この生活をもう一ヶ月は続けている。彼女が誰なのか、何の為にあの様にしているのか、何がしたいのか。私には何一つ分からないし分かりたくない、それが一番良い形で私と彼女の関係を安定させると思うから、だから分かりたくなかった。私は少女の事を誰にも話してはいない、そして、少女の事は誰の噂にもなっていない。それが何を意味するかは、考える気もないし、考えたくもない、少女が何時か私に教えるときが来るかもしれないし、無いかもしれない、然し、それに関してとやかく言う気は無い。唯一私が思うのは永久にこの時が続く事のみ、でしかないのだから。

 蛍の光の様な粉雪が影に照らされ降り続いていた。時期に西暦が変わる、もう直ぐそこまで来ている、後僅か二十時間もすれば歴史は新たなる時代と為る、世界は一時の終止符を打たれるという事だ。それに何か感ずるのは可笑しな事なのかもしれない、それでも少しばかりのこの一日のこの時間を、眠りの世界で永遠に変えられるなら、変えたい。切実に願う。


 私は嘘が好きだ。(仮に私が追い込まれようとも、私は嘘をつくだろう)そして、私は嘘は言わない。矛盾している、と人は言うかもしれない、しかし、決して矛盾してはいない。嘘が好き、イコール、嘘を付くなら、私は嘘を言わない、ということが嘘になるだけ。また、嘘は言わないが、嘘が好き、単純に好きであるならありである。しかし、人はこれに不満を抱くかもしれない、それでも私は嘘が好きだ。騙され続けいるのは楽なものだ。


 当初、その出来事は私の許容範囲を逸脱していた。しかし、幾日かが経過する中でそれは当然となり、それと同時に幾多の疑問が沸いて出た。それらの疑問はあらかた見解を得て、答えに行き着いた。すると、一つ一つの点は結びつき線になり、ある程度の輪郭を築いた。

 しかし、事の発展が早すぎたのだ。それは、少女はその事実とともに消えた。

 そうして、またいつの間にか少女は戻って来て居た。

 それが原因か、私自身彼女との距離を置く事しか出来なくなった。

 前提からそうであったはずの、感情さえ逸脱し、自己の限界を知らしめられたさえした。

 そして、私はこのことが全て偽りの出来事だと願い続けた。

 

 自身が世界の中心に立ち、私はそれを眺めている。世界は重いモノクロに染まり、アンバランスな建物や空を歩く人さえいる。体は認知していないと直ぐに消え、また新しい物が代わりになってそれが中心になる、ピントがずれるとふらふらと新しい物を探し始める。そうやって、むちゃくちゃに辻褄の合わない話が進んでいく。始めは人探しに始まり、気付くと探していたはずの人が私のチェスの相手になり、終いにはチェスの駒になりキングの前に立ち塞がる。そんな風にして、出来事だけが断片的に見えてくる。それが夢だと私は思う。物事の中核、人の感情、あらゆる感覚、それらが支配され、多くの者はその意味さえ知らずに生きている。そして、その事は人にとってもっとも幸福な事なのかもしれない。断片的にしか見ることが出来ないからこそ、それに深く関わらずにすむからだ。


 架空の世界が目の前に築き上げられる。静か過ぎる世界に賑わいが犇きだし、次第に彩色が施され、星月夜の温度さえも体にしみこみ始めた。―星の都ルーク―私の体が見上げる先に、そんな文字が書かれた旗が靡いていた。町並みはまるで此処が古の極地であるかのように古めかしくなんとも言われぬ迫力があった。そう、これはまさに古きよき日本の風潮のような下町のその古惚けた姿に瓜二つだった。そして、これが星の都の由来なのであろう、天空の彼方には月よりも明るく、数よりも多くの星が瞬いている。それは、天の川を越えた空疎な宇宙の果てを照らす、まさしく飽食の星々に満ち溢れた大海が広がっていた。

 私がどこかへと歩き出した。背中が丸まり、猫背になり目が淀んでいる。私を知っている者がこの姿を見たなら、きっとこう言うに違いない、おそろしい、と。それには、ただたんにこの姿に恐怖の念を抱くからだけでなく、こうなったときの私は、人であり、人でないのだ。そのことが原因で幾度となく留置所を見てきた。そして、このことを私は隠す気もないし、あえて言うなら、公にしたいぐらいだ。そうすれば、事の悪化を多少防げるだろう。私は、私の行く先を眺めている。その先には人の服の欠片すらない、何かが起こる心配も無いだろう。それに、時間さえ経てば私の雰囲気も一変する。そうなれば、いつもの私だ。

 そうやって時間が過ぎるのを、私は私を眺めて過ごす。可笑しな事に、私が私を眺めているのだ。精神的にではなく肉体的に。まさしく夢の断片での行動らしいと言える。正直、私自身これに慣れるのに暫し混乱し、異質な憎悪さえ抱きその土偶を潰してしまいたいと願ったし、実際何度か蹴り飛ばしてもみた。しかし、それは一切反応を示さず、私自身がむなしくなるだけだった。今では、何も出来ず指をくわえて見ているだけになってしまった程だ

 不意に意識がかすれ、映像に乱れが走った。対象が目まぐるしく移り変わり、最終的にその少女の下についた。

 そこはルークと違い星の光など無く、あるのは静寂の泉に深い森。

 少女は微笑み、風になって消えた。

 まるで私を誘い込むように。

 私はその誘いに導かれるまま。

 

 そこで目が覚めた。今年最後の夢。時刻はまだ五時、あれから二時間しか寝ていない事になる。私は一度深く息を吐いた。もう一度眠るために。

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